---400年の歴史もつ宿坊---
寺が位置する阿讃山麓の引野という村には,古くから天然温泉が湧き,湯治に訪れる旅人も多かった。
弘仁2年(811),弘法大師が四国巡錫中にこの地を訪れ,引野が薬師如来と深い因縁で結ばれていると直感され,大師は難病で苦しんでいる人のために温泉の功徳を説かれた。
大師は,一刀三礼の薬師如来像を刻み,堂宇を建立して尊像を安置し,八十八ヵ所の霊場に定められた。
元禄2年,高野山の学僧・寂本の「四国遍路霊場記」にも鉄サビ色の熱湯が湧き出て諸病に特効があったと記されている。
その昔は阿讃の山麓から現在地まで寺域が点在し,戦国時代の兵火や明治維新の神仏分離令を経て現在に至る。
安土桃山時代に阿波藩祖・蜂須賀家政公の命で,瑞運寺に改名し,難儀している遍路や旅人のために宿と食事を提供する駅路寺(官寺)と定めた。
しかし,檀信徒に対しては安楽寺とし,二つの名前を使い分けていた。
寺には慶長3年(1598)の「駅路寺文書」が残されている。
宿坊は400年もの歴史を有し,現在も旅人の人気が高く,1番霊山寺から最初の宿とする遍路も多い。
---中略---
正面に昭和38年に再建された本堂がある。
その右に性霊殿と大師堂が並んでいる。
本尊の薬師如来像は,四国霊場巡拝中に霊験を授かった愛知県尾西市の水谷繁治・しず夫婦により奉納されたもの。
当時,しずさんが脊髄カリエスという難病を患い,医者にも見放され苦しむ日々が続いていた。
昭和34年から妻のために,四国遍路の代参を続けていた繁治さんが,当時の安楽寺住職・畠田禅峰師のすすめで,昭和37年3月に妻のしずさんと,病気平癒の願いを込めて霊場巡りに出掛けた。
その旅の途中,27番神峯寺で婦人の病気が快癒するといった仏縁を得て,安楽寺本尊の造顕を発願。元来の本尊は胎内仏として納められた。
(平成20年12月1日発行 第297号 情報紙「へんろ」引用)
上記の水谷しずさんの病気快癒のお話は,四国八十八ヶ所お遍路さんの間では,と〜っても有名ですよネ(^O^)
水谷しずさんの病気が快癒したキッカケは,遍路転がしと呼ばれるほど急坂の難所の27番札所 神峯寺で,お参りを終えて坂を下っていた時,あまりの急勾配に足を滑らせ転倒してしまいますが,その転倒の衝撃で,日増しに病気が良くなり,とうとう快癒してしまったと言う事の様です。
神峯寺の駐車場から山門へ向かう道端には,お大師さんに,すがる姿が彫られた石碑が建てられていますので,皆さんも神峯寺にお参りの際には,ぜひ,立ち寄ってみて下さいネo(^-^)o
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