---四国八十八ヶ所霊場会 讃岐支部発行「和尚の心・香川編/第80番 国分寺副住職 大塚純司」から---
我々に問われるのは,僧侶はどうあるべきか―ということではないでしょうか。
私の考えでは,僧侶が目指すべきは不幸をマイナス,幸福をプラスとし,プラスマイナスをゼロにすることではないかと感覚的に思っています。
その意味では,より少ないことはより豊かであるということになると考えます。過不足がないというのが,人間にとって理想的な姿ではないかと考えるからです。
お大師さまも人間の欲求を認めておられますので,プラスが必ずしも悪いということではない。プラスがあってこそ生活が豊かになり,文化も発展する。
しかし,物質的に恵まれ過ぎる時代になると,それに呼応して精神的な悩みが増大します。
だから僧侶は自分自身をゼロの状態に保ち,自分を基準にする。
そしてプラスばかり求める人をゼロに近づけるよう呼びかけ,マイナスの人にはプラスの力が加わるように助力する。
それが私の考える宗教者の一つの理想像です。
そのためにも,私は常に「空」の状態でありたいと思っています。
(平成20年11月1日発行 第296号 情報紙「へんろ」引用)
上記の考え方は,「
中道(ちゅうどう)」と言って,仏教独特の考え方なのですが,あまりご存知じゃない方もおられると思いますので,ちょっと補足説明しておきますネo(^-^)o
「
中道」とは,一言で言えば,極端なものから離れ,それを超越する道という意味です。
お釈迦さんは,釈迦族のお城(カピラ城)で,楽に満ちた生活をし,出家した後は,修行で苦行生活を極めましたが,そのどちらも捨てて,禅定(精神統一)をする事で悟りを開かれました。
つまり,どんなに快楽を求めても,苦行をしても,自分自身の心の中にある苦の原因になっている執着や煩悩を捨てて,悟りを得なければ,苦から逃れる事はできないと言う事です。
感覚的なものに例えれば,どんなものにも染まる事ができる純粋な水や生まれたばかりの純粋無垢な赤ちゃんの状態と言えば良いでしょうか・・・
以上,参考にされて下さいネV(^-^)V
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